僕たちはなぜ知識・技術を高めていくのか?

雑感
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どうも!

脱力系理学療法士のおはぎです!

今回はただの雑感です。

理学療法士の人たちは、割と自己研鑽を行っていると思います。

 

じゃあその自己研鑽はなんのためにしているか?そんなことを個人的意見で書いてみました。

 

なんで勉強してるのかな?

僕は普段から、まぁぼちぼち本を読んでいます。

 

参考書も買いますし、実用書や新書などなど、、、

 

最近買った本でのおすすめ

 

 

自分では言うのもアレですけど、割と勉強していると思います(笑

 

このブログでもトリガーポイントを中心に色々な記事を書いており、今までの勉強法と変わってきているものの、日々研鑽しています。

 

んでふと思ったことがあります。

 

僕はなんで勉強しているんだろう?

 

今まではあまり考えなかったことなんですけど、この疑問が最近自分の中で起こりました。

 

勉強していれば、なんか落ち着いていた

自分は勉強することが割と好きみたいで、自分の知識や技術で患者さんが変化したり、困っていたことが解決できることに楽しさを感じています。

 

最初の頃は、正直

 

「自分の技術や知識で患者さんが良くなってるぜ!」

 

「もっと知識と技術をつけて、もっと良くしたいぜ!」

 

って思っていました。

 

 

まぁこれに関しては、今でも思っていることなんですけど。

 

最近になって少し考え方が変わってきている自分がいます。

 

在宅でのリハビリを経験して感じたこと

今まで、急性期〜生活期でのリハビリテーションを経験して、主に回復期での臨床業務を中心に行ってきました。

 

病院勤務(特に回復期)では患者さんは基本的に良くなるために入院して、良くなるから入院してくるわけです。

 

だから極論的なことを言うと、僕たちが悪くしなければ・患者さんが自分で悪くすることがなければ勝手に良くなると思っています。

 

割と自分が頑張りすぎてしまうことで、患者さん自身に不利益が生じてしまうことはあるあるですね

 

なので、回復期にいた当時は良くなる患者さんもたくさん経験させていただきました。

 

 

4月から訪問リハビリに異動になって、在宅で生活している利用者さんのリハビリテーションを行うようになって、

 

「自分って全然何もできねぇな、、、」

 

って感じになっています。

 

 

それはそれで、自分の知識・技術不足の面も多々あるとは思います。

でもたまには「ちょっとは効果あったかな?」と手応えを感じるときもあるんですが、その人の生活での問題が解決できるわけでもなく、、、

 

今年で臨床7年目になりますが、理学療法士として今一番悩んでいるかもしれません。

もちろん病期によっても、その人が求めていることによってもどのような効果がより良い結果なのかは違うと思うので、「改善=良い結果」ではないとは思いますけど。

 

大事なのはその人の気持ちに寄り添うことができるようになること

結果が出ないことに少し焦りを感じている自分ですが、利用者さんの悩みを解決していくために必要なことは「一緒に考えていかないといけない」と思うようになりました。

 

考えてみたら、今まで病院という空間で勤務をしていたため、患者さんの目標は基本的には「在宅復帰」「前と同じように〜したい」であることが多く、「やりたいことがない」という人だって言わないだけで考えているんじゃないかなと思います。

 

当然、病院スタッフも「在宅復帰」を目標にリハビリテーションを提供するわけなので、患者さんと直接会話をしなくても、悩みを聞かなくても「在宅復帰」という共通の目標がすでに出来上がっているわけです。

 

実際にはこの在宅復帰を達成するためにはどんな目標があるのかなど細かい部分については、患者さんを交えて議論していく必要はもちろんあります。

 

まぁ大枠の目標の共通化に対して「話し合うこと」がそこまで必要がないってことですね。

 

ところが在宅の場合、この「在宅復帰」はすでに達成されてしまっているわけです。

 

そのため目標も個人で様々なものがあります。

「左肩がめっちゃ痛いけど、それよりも私は料理が自分で作れるようになりたいの」

とか

「友達と一緒にお茶できるようになりたいの」

 

などなど、それこそ利用者さん数だけ目標があるんだと思います。

 

だけど実際自分の悩みをすぐに言える人なんてそこまで多くないので、家族さんやケアマネ・その他のサービスの方から色々な情報を収集することが大切なんだと思いました。

 

そしてその情報をもとに利用者さんと直接話しながら、目標を共有していくことが重要であると感じています。

 

知識は使うためにある

ここで出た悩みを解決するために、もしくは一緒に悩んでいけるために、今まで自分が勉強してきた「知識」「技術」は使われるべきなんじゃないかなと最近は思うようになっているところです。

 

さっきの例でいうと、家事動作ができるようになりたい利用者さんであれば、家事動作に必要な上司の動きや立位・坐位でのバランス能力や課題がどのようなものがあるか教えることができます。

 

またその人の症状がどのような原因からくるものなのかを知識として持っていれば、その人の悩んでいること・大変なことが擬似体験できるわけです。

 

僕は今まで大きな怪我らしい怪我はしたことありませんし、入院の経験もありません。

ですが、骨折の病態や脳卒中の病態・症状に対する知識は持っています。あとはどういう使い方をしたら、どの筋肉が傷みやすいかなどなど、身体に関わることはある程度知識として持っています。

 

なのでその知識をもとに、

この人だったらこの部分で大変になりそうだな。

とか

こうしたらうまいことできそうだな。

 

みたいにその人の気持ちになって考えることができるんじゃないかなと思いました。

 

もちろんその知識を使って、症状の軽減に努めたり・予防したりすることもとても大事だと思います。

 

ですが、ただ「弱いから強くする。硬いから柔らかくする」ではなく、まず利用者さんが何を求めているのかを一緒に考えて、僕らに何ができるのかを伝えた上で、これから一緒にどうしていこうかを考えられる関係になりたいなと思いました。

 

最後に

なんやかんや書きましたが、

結局のところただ漠然と知識を詰め込むよりも、その知識をどんなことに使おうか、その知識・技術で何ができるのかまで考えながらやる方が、なんかきもちいいいよねってことでした。

 

これからも勉強は続けていきたいですね。

 

 

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